大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和41年(特わ)181号 判決

本店

東京都世田谷区太子堂四丁目二四番八号

株式会社緑屋

右代表者代表取締役

岡本虎二郎

本籍ならびに住居

東京都世田谷区下馬町一丁目一五一番地

会社役員

岡本虎二郎

明治四三年七月二一日生

右両名に対する法人税法違反被告事件につき、当裁判所は、検察官水野昇出席のうえ審理を遂げ、次のとおり判決する。

主文

被告株式会社緑屋を罰金二五〇万円に、

被告人岡本虎二郎を懲役三月および罰金一〇〇万円に、それぞれ処する。

被告人岡本虎二郎において右罰金を完納できないときは、金二万円を一日に換算した期間同被告人を労役場に留置する。

同被告人に対し本裁判確定の日から一年間右懲役刑の執行を猶予する。

訴訟費用(差戻前第一審分)は被告株式会社緑屋および被告人岡本虎二郎の連帯負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告株式会社緑屋は、本店のほか出張所立川市ほか九箇所に置き、主として月賦販売の方法によつて繊維製品、家具、皮革製品、電気器具その他の販売業を営むことを目的とするものであり、被告人岡本虎二郎は、被告会社の代表取締役としてその業務全般を統轄しているものであるが、被告人岡本虎二郎は、被告会社の業務に関し法人税を免れようと企て、売上、仕入の一部を簿外にする等不正な経理方法により所得を秘匿したうえ、昭和二八年五月一日から同二九年四月三〇日までの事業年度において被告会社の実際所得金額が七、二八〇万四三三円であり、その法人税額が三、〇五七万六、一六〇円であるにもかかわらず、昭和二九年六月三〇日、東京都世田谷区若林町二七〇番地所在の所轄世田谷税務署において、同署長に対し、同事業年度の所得金額が七八九万六、一四五円であり法人税額が三三一万六、三六〇円である旨の虚偽過少の確定申告書を提出し、正規の法人税額と右申告税額との差額との差額二、七二五万九、八〇〇円を法定納期限までに納付せず、もつて同額の法人税を逋脱したものである。(なお、実際所得金額および法人税額の計算は別紙修正貸借対照表および別紙逋脱所得計算書、税額計算書記載のとおりである。)

(証拠の標目)

1  被告人の昭和三一年一一月二六日付検察官調書

2  同人の同年同月二〇日および二二日付各検察官調書

3  同人の同二九年一二月一四日付質問てん末書

4  同人の同三〇年六月一〇日付上申書

5  柳瀬渉の同三一年一二月四日付検察官調書(添付の決算報告書二通を含む)

6  同人の同年同月一二日付検察官調書

7  同人の同年同月一三日付検察官調書(添付の上申書を含む)

8  同人の同三〇年七月四日付上申書

9  同人の同年八月二七日付上申書

10  加賀谷朝二の同三一年一一月三〇日付検察官調書

11  同人の同三〇年八月一六日付上申書

12  同人の同月一五日付上申書

13  同人の同年四月四日付上申書

14  同人の同年一一月一〇日付上申書

15  同人の同年三月一二日付上申書

16  同人の同年八月一八日付および二三日付(二通)各上申書

17  神野俊夫の同三一年一一月二七日付検察官調書

18  渡辺忠の右同日付検察官調書

19  永井正雄の右同日付検察官調書

20  村上哲雄の同三一年一一月三〇日付検察官調書

21  同人の同二九年一二月一四日付質問てん末書

22  出崎弘三作成の「緑屋の売上について」と題する書面

23  大谷二郎作成の右同題の書面

24  村上秀雄作成の上申書

25  拝崎隆雄作成の上申書

26  海老原方令作成の上申書

27  加賀谷朝二、小西次郎共同作成の上申書(添付の試算表一冊および仕訳伝票三八冊を含む)

28  岡本勝己の同二九年一二月一三日付質問てん末書

29  同人の同月一五日付質問てん末書

30  同人の同月一四日付質問てん末書

31  立野俊夫の同年同月一三日付質問てん末書

32  渡辺悦郎の同三一年一二月二一日付検察官調書

33  被告人岡本虎二郎作成の同三〇年一一月二九日付確認書

34  同人作成の嘆願書(添付の計算書を含む)

35  柳瀬渉作成の内訳明細書

36  同人作成の未払金明細表

37  同人作成の「昭和二八年度末売掛金及び月賦未収分商品の計算について」と題する書面

38  同人作成の売掛金調書

39  差戻前第一審第一七ないし二〇回公判調書中証人渡辺悦郎の各供述部分

40  右同第二一回公判調書中証人長島敬一の供述部分

41  被告人岡本虎二郎、神野俊夫共同作成の簿外不動産明細書

42  右同人ら共同作成の上申書

43  被告人岡本虎二郎、柳瀬渉、村上哲雄共同作成の上申書

44  柳瀬渉、神野俊夫共同作成の同三〇年九月一九日付上申書

45  小西次郎作成の「本店事務所において差押をうけた売上統計表その他についての説明書」と題する書面

46  柳瀬渉作成の総勘定元帳売掛金勘定写

47  小林伊之助作成の報告書(添付の柳瀬渉、加賀谷朝二共同作成の上申書写を含む)

48  小島元雄作成の上申書

49  大谷二郎作成の同三一年五月一日付上申書(融通手形明細)

50  同人作成の同日付上申書(売上、入金)

51  株式会社丸上名義の上申書

52  上原五男作成の上申書

53  森川一郎作成の答申書

54  神保茂作成の上申書

55  渡辺悦郎作成の昭和二七年度分法人税更正決定決議書写

56  同人作成の同二八年度分同決議書写

57  志鎌国松作成の証明書

58  峯村末治作成の上申書

59  佐藤勝治作成の上申書

60  大久保義長作成の回答書

61  石塚正男作成の売上高明細書

62  安嶋建設株式会社名義の回答書

63  鶴田芳夫の同二九年一二月一三日付質問てん末書

64  栗山昌三、栗山伝次郎共同作成の上申書

65  林辺賢一郎作成の上申書

66  高力ひさ作成の上申書

67  荒谷道太郎作成の上申書

68  西條繁雄作成の上申書

69  浪貝清豪作成の上申書

70  林毅木作成の上申書

71  出崎常三作成の回答書

72  大和銀行新宿支店名義の「昭和二九年四月三〇日までに振出した約束手形で同二九年五月一日以降決済せられたものの調書」と題する書面

73  中田利典作成の買掛金調書二通

74  横内清二作成の上申書

75  増田宅二作成の上申書

76  吉沢重一作成の上申書

77  片山鬼作作成の回答書

78  森山幸作成の同三〇年九月五日付上申書

79  本川澤子作成の上申書

80  七十七銀行名掛丁支店作成の普通預金元帳写

81  同支店作成の当座預金元帳写

82  青木恭雄作成の証明書

83  松澤柳三郎作成の証明書

84  鈴木孝作成の証明書

85  住友銀行仙台支店作成の預金元帳写二七通

86  富士銀行平支店作成の回答書

87  青木恭雄作成の当座預金、定期預金証明書

88  田原巖作成の証明書二通

89  島津愛之作成の証明書

90  荒井得衛作成の証明書

91  山崎常幸作成の印影証明書

92  田口栄一郎、大山貞一共同作成の銀行調査元帳

93  大内勝太郎作成の証明書

94  井元忠廣作成の証明書

95  日野泉之助作成の証明書

96  法務事務官作成の商業登記簿謄本二通

97  本店在庫調査表四冊(昭和四一年押第四五一号の二の1ないし4)

98  府中店棚卸表一冊(同号の三)

99  原町田店在庫表一冊(同号の四)

100  八王子店棚卸表一冊(同号の五)

101  横須賀店在庫表二冊(同号の六、七)

102  仙台店在庫表二冊(同号の八、九)

103  横浜店棚卸台帳一冊(同号の一〇)

104  青梅店全商品合計高と題する書面一冊(同号一一の1)

105  同店棚卸明細表四冊(同号の一一の2ないし5)

106  メモ綴一冊(同号の一一の6)

107  棚卸明細書一冊(同号の一三の9)

108  棚卸表一冊(同号の一五)

109  右同一冊(同号の一六)

110  立川店在庫数表二冊およびメモ二枚(同号の一七の1、2および3)

111  横浜店棚卸帖一冊(同号の一八)

112  追浜店棚卸表一冊(同号の一九)

113  横須賀店棚卸表二冊(同号の二〇の1、2)

114  仙台店棚卸表二冊(同号の二一の1、2)

115  本店棚卸表五冊(同号の二二の1ないし5)

116  溝の口店棚卸表一冊(同号の二三)

117  府中店棚卸表一冊(同号の二四)

118  青梅店棚卸表一冊(同号の二五)

119  売上比較表一枚(同号の二六の1)

120  売上比較グラフ一枚(同号の二六の2)

121  売上比較表一枚(同号の二六の3)

122  売上統計表一冊(同号の二六の6)

123  八王子関係権利書類一冊(同号の二七の2)

124  会計伝票一二冊(同号の二八の1ないし12)

125  未払金メモ一枚(同号の一三の11)

126  仕訳原伝票綴一冊(同号の三〇)

127  元帳一冊(同号の三六)

128  営業費内訳帖一冊(同号の四一)

129  紙片五葉(同号の四八)

130  統計メモ一枚(同号の五二)

131  売上明細表二枚(同号の五三)

(なお別紙逋脱所得計算書等においては右の番号をもつて証拠を表示する。)

(弁護人の主張に対する判断)

一、差戻判決の拘束力および逋脱所得の認定方法について

弁護人は、本件差戻判決が示した「法人税逋脱の罪となるべき事実を構成する実際の所得金額を確定するにあたつては、その前提として、当該事業年度の総益金及び総損金の内容をなす個々の益金又は損金、すなわち純資産の増加又は減少の原因となるべき各個の具体的事実を証拠により認定する必要がある」との法律上の判断に拘束力があり、当審裁判所はこれと異なる方法によつて所得の認定をなし得ないところ、本件においては売掛金、商品等について右にいう具体的事実の証明はなく単なる推計に止まる故、結局本件は所得の証明なしとして無罪とされるべきである旨主張する。

本件差戻判決にいう「純資産の増加又は減少の原因となるべき各個の具体的事実」とは、会計学上のいわゆる取引事実を意味するのか或いは損益計算における各勘定科目の数額を指称するものか必ずしも明らかではないが、もしそのいずれかだとすれば、右判決の判断は、逋脱所得の認定は損益計算法によるほかは許されないとしたことになる。しかし、会社が正しい経理を実施しているならば、所得を右方法によつて確実に把握することは勿論可能であるが、財産増減法による計算結果も本来これと同一の結論を導くものであるから、会社が売上を除外する等経理の実態を秘匿し損益計算法によることができない場合、財産増減法のみによつて所得計算を行う止むを得ない場合のあることは一般に認められているところであつて、本件弁護人においてもこの点について争わないように、同判決がかかる判断をしたとは到底解されず、結局同判決の右文言自体からはいかなる判断が示されたか明らかではなく、破棄理由全体からこれを推測するほかはない。同判決は、結論として、原判決が右いずれの計算法にもよらず被告会社が八〇〇万円の架空借入工作をした一事を促えて逋脱所得を同額と認定したことに対し「前記各勘定科目についてこれを証拠により認定することなく、卒然として」かかる認定をしたことは判決の理由にくいちがいがあるかまたは判決に理由を附さない違法があると判示しているのであるが、これを綜合して判断すると、同判決は、逋脱所得を認定するには、益金、損金または資産、負債を構成する各勘定科目の数額を証拠により認定しなければならない旨を判示したものと解すべきである。

もとより各勘定科目の認定が証拠によるべきことは当然のことである。而して勘定科目は個々の取引事実やその結果としての具体的資産の変動等によつて構成されているから、これらを直接証明することが最良であり、科目によつては必要不可欠であるけれども、たとえば割賦販売にかかる売掛金のごときは、売掛先や個々の金額が不明であつても、翌年度の売上総入金額から翌年度販売分入金額を減算することによつて導かれるように、これらの認定は直接証拠に限られるものではない。更にいえば、逋脱事犯においても、客観的に実在する所得額を証明することが最善ではあるが、不正経理等の事情からこれが困難な場合が多いし、またそれは必要条件ではなく、実在する所得はより多額であるとしても「これ以下ではない」という限度の証明で足りるのである。(このことは結果として計数上被告人に有利に作用する。)而して財産増減法は、期首、期末における純資産の増差によつて所得計算を行うものであるから、財産増減法による最小限の逋脱所得の証明は、期末資産については「これ以下ではない」すなわち最小限、期首資産については「これ以上ではない」すなわち最大限の証明がされることによつて可能となる。勿論これらの証明の有無も自由心証に委ねられる。

右の証明方法は、畢竟、間接証拠による事実認定ということに帰するが、逋脱所得の認定が前叙のごとき直接証拠に限られるものではないことが明らかであろう。本件においては、現金、売掛金、棚卸商品等について右の証明方法を採用しているが、このこと自体は、本件差戻判決の判断に何ら抵触するものではない。よつて弁護人の主張は失当である。

二、持込資産について

弁護人は、被告人岡本虎二郎は有限会社大丸、同緑屋当時から多額の現金を茶箱に入れて自宅押入に保管していたものでその額は七、九〇〇万円余になり、これを昭和二九年初めまでの間に被告会社に持込んだものであり、検察官主張の虎二郎借入金一、二〇〇万円はその一部に過ぎない旨主張する。

起訴後作成された被告人虎二郎の昭和三九年二月八日付上申書には、右主張にそう記載があるが、数千万円の現金を自宅押入の中に長期間保管すること自体不自然であるのみならず、同人が捜査当時においてかかる事情を供述していないことを勘案すれば、これを信用することはできず、結局右主張事実を認めることができない。

三、委託品について

被告会社の前掲棚卸表中には〈委〉の符号が付されたものがあり、検察官はこれを委託品として除外しているのであるが、弁護人は、委託品であつて右符号が付されていないものが多数混入している旨主張し、当公判廷における証人永井正雄の、その額は三、六〇〇万円程度である旨の証言を採用する。しかし、右証言は措信できないのみならず同証人の証言および証人加賀谷朝二の当公判廷における証言によれば、右符号が付されている商品は、仕入に計上され委託品勘定等特殊の経理がなされず、売価も被告会社において決定し、販売後決済が行われていたことが認められ、したがつて右委託品とは、いわゆる委託品ではなく、売残りを解除条件とする仕入品で、法律上は被告会社の資産であり、代金決済が販売後になるという性質のものであることが明らかであるから、本来これは除外されるべきものではないのである。弁護人の主張は理由がない。

四、棚卸商品の評価減について

被告人岡本虎二郎の嘆願書(証34)には、棚卸商品計上に関し、流行遅れ、品痛み等で原価を割る商品が全商品高(売価)の一〇%程度あり、これについて評価減の記帳、経理はしていないけれど認容してほしい旨の記載がある。

棚卸資産の評価は、法人があらかじめ選定した評価方法によるべきであるが(当時の法人税法第九条の七)、被告会社のごとく、売価還元法を選定している法人にあつては、右のごとき商品の減価分は、販売時点の年度の損金に計上すれば足りるのであつて、当時の法人税法上も評価減は当然認められるものではなく、これが認められるのは、法人において公表決算上評価減を計上し所定の経理をした場合に限られるところ、被告会社においては、これらの経理をしていないうえ、これらを明らかにした証拠がないので、結局本件においては、評価減を認める余地はない。

(逋脱所得計算説明)

逋脱所得の内容については、別紙逋脱所得計算書記載のとおりであるが、重要と思料される事項について、補足説明する。なお以下の説明および別紙計算書においては、起訴対象年度自昭和二八年五月一日至昭和二九年四月三〇日年度を三期、前年度を二期、前々年度を一期及び翌年度を四期とそれぞれ略称する。

一、現金

被告会社の金銭出納帳その他期首、期末現金を直接証明する資料がないので、検察官は、翌期首における被告会社の普通預金等銀行入金額をもつて当期首および期末現金なりと主張する。たしかに翌期首銀行入金中には前期末現金が混入していることは経験則上明らかではあるが、そのなかに翌期首当日入の現金も含まれている可能性は否定できないし、とくに被告会社のごとく小売販売を業態とする法人にあつては、その可能性は極めて大きいといえる。したがつて、期首資産の証明としてはともかく、期末現金を右のごとき銀行入金をもつて証明するには、翌期首当日入金分を明らかにするか、その混入がない事情を明らかにすることが必要である。本件においては、右の点の証明がないので、結局期末逋脱現金の証明はなく、これを零とするほかはない。

二、売掛金

1  法人税法上、収益等の帰属年度の決定は、原則としていわゆる発生主義によるべきである。ところで本件当時の法人税法上は、割賦基準のごとき例外規定がないので、割賦販売にかかる収益についても、原則として発生主義によることとなるが、当時の法人税法基本通達二五〇によれば、割賦販売にかかる収益については、事業年度中に支払期日が到来した分のみを計上することができるとされていた。そこで、右通達の法的効力が問題となるが、収益等の年度帰属に関する各種の基準は、継続的にみれば実質的な差異をもたらすものではないから、発生主義が原則であるといつても、全く例外を許さない趣旨ではなく、これと異なる基準にして合理的であり、租税行政の目的、画一性、公平性を害わないものであるならば、それによることができると解すべきである。通達は行政解釈に過ぎず本来法的拘束力を持たないものであるが、これによつて租税行政の画一性、公平性が維持されることは明らかである。とすれば、右通達二五〇は、法に牴触するものではなく、しかも租税行政の目的、画一性、公平性はそれ自体によつて保たれるのであるから、年度帰属の決定基準としてこれを採用することは適法であると解すべきである。

ところで、売掛金計上に関し、右両基準のいずれによるかは納税者が任意に選択すべきであるが、右通達による基準を採用するには、右基準の性質上、法人においてこれによる所得計算が可能となる程度の会計処理をしていることが必要であると解すべきである。

被告会社は、当期確定申告において、売掛金としては表勘定の期首売掛金残額を計上し、当期発生の売掛金を全く計上していないから、売上収益の計上についていわゆる現金主義を採用したことが明らかであるが、かかる処理方法は、法人税法上許容されないものである。弁護人は、被告会社が右通達基準を採用したことは、公表貸借対照表上未収商品科目の計上があることから明らかである旨主張するが、割賦基準における未収商品とは、期日未到来売掛金の原価を意味するところ、被告会社が計上している同科目の中味は、そうではなく、当期発生の全売掛金の原価を表示したものであることは、柳瀬渉の検察官調書(証7)および右申告内容によつて明らかであるのみならず、被告会社は、脱税の意図のもとに殊更に記帳を避け、通達基準によることが可能な会計処理すらしていなかつたものであるから、いずれにしてもこれを適用する余地はなく、本件においては、発生主義により売掛金を算出するほかはない。

なお、弁護人は、課税行政上は、当期に関しても通達基準によつて更正がなされ、更に、課税当局の指示に基づき三期の未収収益(期日未到来分)を四期の所得として適法に申告申告納税したものであり、したがつて、本件において発生主義を採用することは、四期の所得として納税済である部分を三期に繰り上げこれをも犯則所得なりとすることになつて違法である旨主張する。しかし、課税行政上当期に通達基準を採用したことの当否は論じないとしても行政庁の具体的な処置によつて裁判所の法解釈が拘束されるいわれはなく、また犯則所得は、逋脱犯成立時において客観的に確定しており、したがつてその算定は、右時点における法および事実に基づいてなさるべきであるから、それ以後における、弁護人主張のごとき課税行政上の事実は、情状として参酌すべきことは当然であるにしても、犯則所得の範囲に影響を及ぼすものではない。

2  期末売掛金

前述のとおり、被告会社においては、正規の会計処理をしておらず、売掛金自体についても、実際額を直接認識しうる原始記録すら存在しない。そこで、四期における売上入金を基礎とし、これから四期販売分の入金を控除した残を三期末売掛金の入金分と認め、これに四期末における三期末売掛金を加えて期末売掛金を算出した。

なお、右計算の基礎となる数字中月賦総契約高については四期の決算報告書により、その余は、柳瀬渉作成の計算書(証37)、同人作成の売掛金調査(証65)同人および神野俊夫作成の上申書(証44)に基づくものであるが、柳瀬渉は、大正九年から昭和一四年、同一六年から同一九年までの間税務官吏(税務監督官など)をし、同二九年一月被告会社に入社し取締役総務部長として遅くも同年六月以降は会社経理の監査を担当していたものであり、また、これらは、手形台帳、一人別調書、売上帳等具体的な資料に基づいて計算作成されたものであることが認められるので、右各証拠の数字は措信するに足りるものである。

3  期首売掛金

期首売掛金についても期末売掛金の算出方法と同様に、三期中の売上入金から期首売掛金の入金分を求め、これに期首売掛金で三期末において未収のものを加えて実際額を算出した。ところで期首売掛金の期中入金額は、三期中の売上総入金から三期販売分の入金を控除すれば得られるが、三期販売分の入金額を直接証する資料がないので、三期の総契約高から三期末における同期販売分売掛金を控除してこれを算出したものである。

(イ) 当期総契約高

昭和二八年五月ないし九月の契約高は、統計メモ(証130)記載の数字によつて算出した。右統計メモは昭和二七年、同二八年の五月ないし九月の月例に「数字」が記載されているに過ぎないが、被告会社の同二八年六月の各店別売上を記載していることが明らかな売上明細表(証131)の売上総額と右統計メモの六月欄の数字とが一致していること、右売上明細表は初回金、現金売、月賦売に分類した詳細な記載があること、いずれも被告会社から押収されたものであること、小西次郎作成の説明書(証45)および本川澤子作成の上申書(証79)によれば、これらは、各店から毎月上下二回に分けて送付される手形台帳、販売台帳等の記載に基づいて作成されたものであることが推認されること等からすれば、右統計メモは、真実の契約高を示すものとして充分措信できる。

昭和二八年一一月から同二九年四月までの契約高は、売上統計表(証122)記載の数字によつて認定したが、これも、売上比較表等(証119ないし121)との比較のほか前段に述べたところと同じ理由によつて信用するに充分である。

ところで、当期契約高中昭和二八年一〇月分については、具体的数字を記載した如何なる資料もないので、当期に接続する昭和二九年度、同三一年度(同三〇年度については資料がない)における一〇月分契約高の九月分契約高(a)、五月ないし九月分契約高(b)、一〇月分を除く年間契約高(c)に対する各比率を求め、これを当期の右に対応する契約高に乗じ、最小額をもつて当期一〇月分契約高と認定した。(昭和二九年度については証121、122、5同三一年度については同年度決算関係明細綴による。)

(a) 対9月

29年 218・05% 31年139・71%

28年9月 31,304,590×1,397=43,735,642

(b) 対5月~9月

29年 39・21% 31年34・97%

28年5月~9月 164,834,808×0・3497

=57,642,732

(c) 対年間(10月を除く)

29年 10・37% 31年8・41%

28年年間 581,508,424×0・0841

=48,904,858

なお、前掲証拠によれば、四期における五月ないし九月の各月別契約高の上半期および年間契約高に対する各比率が当期のそれと近似していることが認められ、しかも四期は当期に接続した年度であるので、四期(昭和二九年度)一〇月分契約高の対上半期および対年間比率によつて当期一〇月分契約高を求めるのがもつとも合理的ではあるが、対上半期比率二八、一%によれば六、〇〇〇万円余となり、対年間比率九、四%によれば五、七〇〇万円余となつて、いずれも検察官主張の数額より増大するので、前述の根拠によつてこれを算出認定する次第であるが、右認定が最小限の逋脱所得を立証する関係において合理的であることは、以上の事実によつても明らかである。

(ロ) 当期における売上総入金

売上総入金に関する会計帳簿その他が存在しないので、被告会社のすべての預金口座の当期入金について入金原因を検討し売上入金と認められるもののほか入金原因が不明のものをすべて売上入金とし、これを基礎として別紙計算書のとおり算出した。弁護人は入金原因不明分をすべて売上入金と処理することは不当である旨主張する。しかし、被告会社においては、商品の販売によることのほかに収益を得べき取引事実はほとんどなかつたものであり、一方売上以外の入金原因はすべて特定の相手方の存在を前提とするものであつて、企業の営利性からみて、企業主においてこれを特定することは容易であるというべきであるから、企業主において具体的な主張をしない事情のもとでは、原因不明入金を売上入金と認めることは当然であるが、この点は別にしても、本件において問題となつている売上総入金高は、売上収益自体の算定のためのものではなく、前述したとおり、期首売掛金=売上総入金-当期販売分入金という算式による期首売掛金の算出上の事項に過ぎない。ところで、被告会社における年度中の入金には、借入金、雑収入、売上等各種のものが含まれている筈であるが、売上入金が年度内におけるすべての入金合計額を超えるものでないことは説明を要しない。そこで、右入金総額を売上入金と仮定すると、右算式によつて得られる期首売掛金は存在し得る最大値であることが明らかである。(したがつて売掛金逋脱額は最小値となる。)とすれば、さきに述べた最大限の期首資産の証明という観点から、入金原因を特定できない場合でも期首売掛金の証明は、右の方法によつて可能であり、したがつて本件において入金原因不明分をすべて売上としたことは不当でないばかりか、むしろ必要なのである。

4  三期末売掛金公表額

被告会社は、当期申告において、未収分商品という科目下に五、三四四万三、三二四円を計上しているが、前述したとおり右の未収分商品は、当期発生の売掛金の原価を表示したものである。そうすると、被告会社は、発生主義における売掛金すなわち別紙計算書による売掛金実際額中、右同額を公表しているとしなければならない。

三、商品

1  期末商品

期末商品の算出は、別紙計算書記載のとおり、昭和二九年七月三一日現在の棚卸高から逆算する方法によつたものであるが、同書に掲記した被告会社の各棚卸表は売価の表示であり、一々の原価に関する資料がないので、原価率によりその原価を求めなければならない。この場合いわゆる売価還元法によることがもつとも正確な計算法であるが、本件においては、売価還元法における期首商品に該当する当期末商品原価自体が求められるべき数であるから、これによることは不可能である。そこで、右の原価率を推定するほかはないのであるが、被告人の平均利益率は原価の六〇%であつた旨の供述(証2)によれば原価率は六二・五%であり、加賀谷朝二の供述(証10)によれば、同人が高村経理士に指示され当期末棚卸高の還元計算をした際に用いた差益率は三七%であつたことが認められ、したがつて原価率は六三%ということになる。そして、被告会社の翌期(昭和三〇年四月期)公表決算報告書(証5)によれば、翌期の公表原価率は六三・八%である。以上の証拠を総合すると、被告会社の当期原価率は、六二%ないし六四%であつたというべきであるが、期末資産の最小限を証明するという観点からこれを六二%と認定する。

2  期首商品

加賀谷朝二の検察官調書(証10)、柳瀬渉の検察官調書(証6、7)その他関係証拠によれば、被告会社は、前期末においても当期と同様、公表売上、仕入等と見合わせて適当な数字を棚卸商品として公表した結果、可成りの脱洩分が存在したことが認められる。したがつて、右脱洩分を期首商品に加算しなければならない。

ところで期首脱洩商品の価額を算出すべき資料(たとえば棚卸表など)がない場合には、特段の事情がない限り、当期の公表額と実際額との比率によつて前期末実際額を算定すべきである。けだし、脱洩商品なしとすれば、当期逋脱所得額を過大視することになつて不当であるし、当期の企業経営状態が前期に比し極端に変動したという事情がなく、棚卸に関する公表経理の方法にもとくに変更がない以上、当期比率によつて算出した実際額はおおむね真実に近い数額であると認められるからである。

期首商品高は、期末商品高+当期売上原価-期中仕入高によつて求められるところ、本件においては、右のうち期末商品高と当期売上原価は前認定のとおりであるから、期中仕入高を明らかにしなければならない。

被告会社において仕入に関する正規の帳簿等の資料がないことは売上と同様であるから、この算定は、公表仕入高と別口預金中の出金仕訳を基礎とするほかはない。ところで、証27による別口預金仕訳による仕入高と証126による大和/世田谷中山口座仕訳による仕入高および公表仕入高を合計すると、別紙計算書記載の期末商品高+売上原価より多額で、あり得ない数字となるから、右公表分と別口預金仕訳とに重複している部分があることおよび右仕訳自体に誤りがあることが明らかである。この重複分および仕訳誤分を具体的に明確にすることは現段階においては不可能であるが、ただ本件を担当した査察官である証人渡辺悦郎、同長島敬一の証言(証39、40)によれば査察当時、当期仕入高について、多数の仕入先に赴いて仕訳の当否を検討し、更に右重複分についても検討を加えた結果、右仕入高は、四一、一七〇万三、一九三円であると査定したことが認められるに過ぎない。ところで、前述の当期公表比率によつて期首商品高を算出すると、五、〇一八万円余となり、被告会社において、前期と当期との間に前述したような経営状態の変動、棚卸に関する経理方法の変更が認められないことに徴すれば、右数額は実際値にほぼ等しいといえるのであるが、右仕入高に基づき前記算式によつてこれを計算すると五、三一六万七、二三九円で前者と近似するから、結果的にみれば、右各証言による重複分および仕訳誤分の算定は可成り正確であるといえるし、更に、期首資産は多額であるほど逋脱所得を減少させるものであるから、より多額の存在を推認させる証拠がある以上、期首資産の最大限を証明するという観点から、これによるべきである。よつて、本件においては、公表比率による算定方法を採らず、後者を採用することとする。

(法律の適用)

判示事実は、被告会社につき、昭和四〇年法律第三四号附則第一九条により、同法律による改正前の法人税法第四八条第一項、第五一条に、被告人岡本につき同法第四八条第一項にそれぞれ該当するので、被告会社につき所定の罰金額の範囲内で被告会社を罰金二五〇万円に処し、被告人岡本につき懲役刑および罰金刑を併科することとし所定刑期および罰金額の範囲内で同被告人を懲役三月および罰金一〇〇万円にそれぞれ処することとし、刑法第一八条により同被告人において右罰金を完納することができないときは金二万円を一日に換算した期間同被告人を労役場に留置することとし、情状により同被告人につき同法第二五条第一項を適用して本裁判確定の日から一年間右懲役刑の執行を猶予し、訴訟費用の負担につき刑事訴訟法第一八一条第一項本文、第一八二条を適用する。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 守谷芳 裁判官 吉永忠 裁判官 鈴木悦郎)

修正貸借対照表

昭和29年4月30日

〈省略〉

〈省略〉

逋脱所得計算書

〈省略〉

税額計算書

1.実際所得額 72,800,433 (a)

2.法人税額 (a)×42%=30,576,160 (b)

3.申告所得額 7,896,145 (c)

4.申告税額 3,316,360 (d)

5.脱税額 (b)-(d) 27,259,800

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例